・陶山神社の2018年紅葉の見頃は?磁器製の鳥居やイベント情報・見どころ・魅力も紹介
こんばんは。運動会シーズンも終わりに近づき、ちょっぴりセンチメンタルになっているまえさんです。
私は最近、服装も長袖シャツや上着を着るなど気候に合わせるため、衣替えをし始めました。
季節が変わると、山々の木々も葉の色を変化させます。その様子は人間の衣替えと似てるなぁと感じて、センチメンタルな気分もちょっぴり明るい色に思えてくるんですよね。
紅葉を見に行くことで、心の中もきっと色づいてくると思います。それも、個性的な場所ならなおさらです。
ということで、今回は佐賀県の有田にある陶山神社の紅葉の見頃と、見どころや魅力、イベント情報など有田ならではのユニークな場所をご紹介しましょう。
陶山神社の歴史
今から400年前の寛永年中に、肥前国松浦郡有田において陶器の原材料となる磁礦が泉山にて発見されました。それによりこの土地に町が起こり、この町にて陶器製造が年々盛んに。人々の流入も多く繁昌する者が増えてきました。
有田皿山代官の命により、万治元年葉月十五日松浦郡有田郷有田皿山大樽山に社殿を建て、松浦郡中宗廟大里村の蓮華石正八幡宮より祭神「品(ほむ)蛇(だ)和気(わけの)命(みこと)」を勧請し皿山中の宗廟として当社、「有田皿山宗廟八幡宮」を創建することとなります。
明治4年、有田皿山宗廟八幡宮より当地区の総称「陶山」に因んで、「陶山神社」と命名されました。その翌年の明治5年、社格を村社に列せられます。
明治40年2月15日、神饌幣帛料供進の指定を受けます。また、明治20年より磁礦発見し窯業創業の祖である、李氏朝鮮国帰化人参平を奉る事が町民により話し合われ、大正16年祭神に鍋島直茂公を、記念碑に李参平公を奉りました。
有田の神の帰一する総氏神・陶磁器之神として、現在まで窯元・商人・有田町民を始め多くの方々の崇敬篤く、一般に「やきものの神様」として親しまれています。
2018年紅葉の見頃
例年、色づき始めは11月上旬。見頃は11月中旬~11月下旬となっています。今年は猛暑厳しかった割には、9月の後半頃になると朝夕は冷えていたので、紅葉を見に行かれる方は、11月中旬頃が間違いないですね。
イベント情報
神社ならではの祭事が執り行われています。10月、11月の祭事は次のようになっていました。
10月…16日有田供日陶山神社神輿渡御/23日深川栄左衛門記念碑祭
11月…15日前後の土日曜日 七五三祈願祭/23日注連受渡神事(陶山神社・八阪神社・椎谷神社・南川原天満宮)
紅葉の見頃が11月中旬であることから考慮すると、11月15日前後の土日に行われる七五三祈願祭がにぎわう予感がしますね。七五三祝いの晴着姿は、紅葉の色彩豊かな背景をまとい、より一層お子様の可愛らしさが際立ついい写真が納められることでしょう。
見どころ・魅力の紹介
陶山神社の見どころと言ったら、やっぱり焼き物で有名な有田ならではの磁器製の鳥居や狛犬、大水瓶、玉垣ですね。他にも、青銅で作成された狛犬や燈籠、いくつもある記念碑なども盛り沢山です。
磁器製明神鳥居
明治21年に奉納。稗古場区。高さ3.7㍍×幅3.9㍍ 。登録文化財。有田泉山の陶土から作り出された白磁に、天然呉須(ゴス)による淡いブルーの唐草文様が美しい明神鳥居有田のシンボルとして陶山神社に訪れる皆様をお迎えします。
磁器製狛犬
明治20年に奉納。十代今右衛門。高さ82㌢。鳥居と同じく泉山の陶土を使用し、暖かみのある白磁が目を引く、阿吽一対で独特な姿で美しい狛犬。
磁器製大水瓶
明治22年に奉納。中の原区。高さ1.09㍍×直径90㌢。大物作りで有名なロクロ師、井手近作・小山直次郎。絵付けは川浪喜作の逸品。泉山の陶土でこれだけのものは難しいとされています。
日本一の磁器製玉垣
弘化3年に奉納。幸平区。総延長6.1㍍×高さ78㌢。登録文化財。呉須による蔓草文様がびっしりと描かれた角物細工で、上部の擬宝珠(ぎぼうしゅ)にはロクロ目があり、泉山陶土の暖かさと、江戸後期の豊かな作調が時代を感じる逸品。
日本一の青銅狛犬
明治18年に奉納。本幸平区。登録文化財。高さ1.8㍍×幅71㎝×長さ1.2㍍。鋳物師は深見孫三郎直次・深見孫平直満・大野正助直久。青銅製の狛犬では本例を上回る大きさの物はなく日本一を誇る大きさです。
青銅製燈籠
明治17年に奉納。大樽区。高さ2㍍。登録文化財。鋳師、谷口清八製作。谷口家は代々佐賀藩の御用鋳物師で、第十代藩主鍋島直正の時代には大砲やその他の武器も鋳造した谷口鉄工所。本例は当時を知る貴重な燈籠。
陶祖李参平碑
大正6年(1917年)有田焼創業300年を記念し建立されました。海抜85㍍の境内駐車場より65㍍の高低差があり、徒歩で約300㍍所要時間は約5分。斎場から見える有田の風景は必見。
碑文には「公はわが有田の陶祖であることは無論のこと、我が国、陶業界の大恩人である。現在陶磁器関係に従事する人は、その恩恵にあずかっている、その偉業をたたえここに仰ぎ祀る」と記されています。毎年5月4日に陶祖祭を開催。
忠魂碑
昭和27年8月再建。戦死された295名のお名前が列挙されています。
深川栄左衛門碑
有田焼工業の祖、香蘭社。深川製磁の創業者であり明治の文明開化期の有田のリーダー。パリ万博・フィラデルフィア万博等日本を代表して出陳された。有田焼の国際貿易に力を入れ、有田焼を世界的なブランドに引き上げた人物です。明治23(1890)年10月23日没(57)。
深川君之碑の題字は大隈重信、碑文を久米邦武が綴り、書が西岡春益の息子の逾明の選筆。毎年10月23日に慰霊祭を執り行っています。
江越禮太記念碑
有田町の学問の祖。学制施行前の明治4年(1871)に学校を創建。有田小学校初代校長。有田焼発展の為には後継者の育成が大切で「西洋の技や理教に学び、その長をとり、わが不足を補うことによって名工を育てる必要がある」と説いた。題額は小城旧藩主子爵鍋島直虎、碑文は久米邦武が撰文。書は中林悟竹の揮毫。
深川六助記念碑
明治5(1872)年、有田白川生まれ。明治21(1888)年、文部大臣森有礼の選抜生として上京。美術学校に学び、後貿易業に従事する。明治38(1905)年、政府の嘱託として渡米。後に有田に帰り「李参平之碑」建設を提唱し、大正6(1917)年に完成。
政界でも活躍し、有田磁石採掘の百年の大計を造った。大正12(1923)年没。「有田陶器市」の提唱者でもある。
海軍大将 元帥古賀峯一慰霊碑
山本五十六大将の次の聯合艦隊司令長官。有田泉山の出身。日本最後の海軍元帥。昭和19(1944)年3月31日薨去(61)元帥の称号を賜った。毎年5月に慰霊祭を執り行い、碑文は古賀峯一氏と同期であった西川速水氏によるもの。碑の形状は船の形になっている珍しい碑です。
神社に電車の走る珍百景
陶山神社には、ほかにも魅力があり、ツウの人にはたまらない得点かもしれません。
実は、ここ陶山神社はある番組でこの神社は取り上げられたことがあります。その番組は「ナニコレ珍百景」。その名も、『スリル満点の神社』神社を電車が通る珍百景。この神社のすぐそばにはJRの線路が引かれており、運が良ければこんな風景が見られますよ!
ちなみに、通過する車両は、ななつ星、みどり号、普通電車、ハウステンボス号があります。興味がある方にはたまらないかも知れませんね。
ただし、写真撮影や線路を渡る際には十分に周囲を見渡し、電車が来ていないことを確認をしたうえで、身の安全を確保してお楽しみください。
交通アクセス
車でお越しの方
電車でお越しの方
まとめ
交通の便もよく、行きやすいかもしれません。もし、電車で来られる際は、帰りの時刻を確認することをおすすめします。
焼きものの町ということもあり、とてもユニークで魅力的。磁器製の陶器などがお好きな人には、特におすすめしたい場所です。車でお越しの方なら、近くには武雄温泉や嬉野温泉などもあるので、旅の疲れを癒して帰るなど十分に楽しめるでしょう。
ゆっくりと紅葉を楽しみ、有田の歴史と陶磁器の魅力を感じれるのは、この陶山神社だけです。ぜひ機会があれば足を運んでみてくださいね。
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